当クリニックについて
院長の一言
検診のお話
2016/07/28
検診の歴史をご存知でしょうか?1960年ごろ東北大学の黒川利雄教授が中心となり、宮城県で胃癌検診のX線装置を載せた車を開発し巡回検診が始まったとされています。
健康診断については学校での健康診断が明治時代から始まりました。国力をあげるためには子供たちの健康管理は重要な国策だったのでしょうね。欧米ではさかのぼること150年前に英国のドーベル氏が会社の従業員の健康状態を定期的に調べることを行い、アメリカ合衆国でも広がり企業検診となっていきました。最近有名人のがん罹患で検診不信が巷をにぎわせました。市民の方々も一般検診ではがんの早期発見には不十分であることを十分に認識し、個々人の家族歴、背景などを鑑みながら適切な検査を受ける事が大事だということを忘れてはなりません。
という話を昨年の今頃朝礼で述べていました。
昨日一人の死に立ちあいました。大学の友人でした。彼は医療問題にいつも真摯に向きあい、そして地域ケアネットワークの活性化に心血を注いでいた呼吸器内科医でもありました。自宅が近所であったためゴルフに連れ立って行った折、その長い道中、医療についてお互い熱く語り合ったものです。今年の4月までは全く身体に異常を感じず、息子さんとゴルフをしたり、地域の研究会でいつもと変わらぬ活動をしていたと奥様がおっしゃっていました。そんな彼が5月の連休の合間に行われた集まりの席で急に食欲のない自分に気づき、以来倦怠感に襲われ、勤務する病院で精査。すでに手遅れの胆管がんと診断されました。そして緩和ケアを勧められ、余命一か月と宣告されたと本人から聞きました。あくまでも医師として客観的に自らの病状を知りそれを家族に伝えそれにもめげずに、残りいくばくかの期間を活動していたそうです。最後まで家族を思い、病院を思い、そして地域医療を思っていた彼でしたが宣告後の研究会ではいつも自分の病状について出席者に詳しく述べ、常日頃からのがん検診の大切さを言っていたそうです。これだけ進歩した医療の世界そしてそれを享受できる我が国で、手術、抗がん剤など何も受けることができなくて終わってしまう事に悔しい思いを感じていたのは彼自身だったのでしょう。毎年の職場健診はしていたそうです。検診と言ってもがん検診それもがんの種類によって例えば胆管がんや膵臓がんの場合にはCTなどの検査を受けなくては発見につながりません。このような検査は自分自身が日頃から健康に関心を持ち、そして自主的にオプションで選ばなければなりません。また症状がなければ保険診療の中での実施はできません。今‘がん’について巷ではいろいろな本があふれ、そして皆それぞれの意見を出し合っています。検診についてもそうですよね。大事な事はこれほど進歩した医療を何も受けることができないままに亡くなっていく事に納得できるのか・・・人間も生き物である以上、その命は限りあるものでありますが、手術や抗がん剤治療、放射線治療やその他各種治療によってその限られた時間が延び、家族、友人と共に過ごす時間を持ち、あるいはやり残したことをすることができること、さらには症状を緩和できることそれこそががん治療の意義と私は思っています。受けられる治療があるのにがんの発見が遅かったためにそれらを受けられなくなる悔しさを持たないためにも、是非がんの検診をしていただきたいと思います。
今日はもともと検診のお話しを載せる予定でした。昨日、たまたま友人の死に立ち会いました。これはきっと彼からのがん検診に関する強いメッセージだと思います。
