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大和魂

2018/06/21  前評判を見事にくつがえしての勝利。そう今週の日本を沸かせたことといえばもちろんワールドカップサッカー日本対コロンビア戦でしょう。前評判の悪さもさることながら実力の歴然たる差。いろいろな評論家がいろいろな分析をしていることでしょうが・・・・私はチームプレーに徹し地道なパスワークとその中で一瞬のスキを見つけ突破する個人技、これが見事にシンクロして・・・などにわかサッカーファンとして考えていました。組織もチームプレーが大事、もちろん個々の技を磨く努力は惜しんではなりませんが、、、後半のコロンビアの選手たちの精神的な苛立ちは素人の私にもわかりました。技術面はさておき精神面での成熟さでは圧倒的な差。ほんとうにわが大和魂を久しぶりにみた思いでした。ワールドカップ、いろいろな事を考えさせてくれます。

かつ丼とオリジナリテイー

2018/06/15 揚げ物断ちして一年超、天ぷらを既に解禁した話は5月24日の’職人芸’で書きました。最近一年半ぶりにかつ丼を食べました。それも都内の行列ができるとんかつ屋の一つで、もちろん並ぶ必要がない頃合いを見図り、夜、会合が終わってからの遅い時間に行ったのですが。肉厚の三元豚、衣はその日に食パンの耳をきれいにのぞいて作る自家製パン粉を使用。そしてほかほかの国産米、油ももちろんこだわって、などなど本当においしくいただきました。でも・・・東北生まれの私はかつ丼はというとソースかつ丼を思ってしまうのですが関東は’卵とじ’なのですね。これはこれでおいしいのですが、あのサクサクとした食感を楽しみたいときにはやはりソースだよな、などと思いながら完食していました。 ちょっとかつ丼の歴史を調べてみました。諸説あるようですが福井県出身の高畠氏なる方がドイツに留学し帰国後、早稲田界隈で開いた洋食屋での提供が最初らしいとのこと、大正初期だったようです。その他の説もありますがいずれにしても発祥は早稲田界隈だとか。洋食屋、不思議なネーミングを私たちは今でも使っていますよね。西洋料理を日本的にアレンジして作る料理。洋食屋で出すレシピは外国人には珍しく彼らに人気があるそうです。かつ丼も一見日本料理と受け取られていますがルーツは洋食屋だったのですね。日本人は昔からまずは模倣しそこからオリジナリティーを出すのが実に得意です。

現代歌舞伎

2018/06/08 先日コクーン歌舞伎を観に行く機会がありました。初めての歌舞伎、さぞや肩が凝るかなと思っていましたが、脚本の妙はもちろんの事、役者さんたちの滑舌のいいせりふ、そしてアップテンポな演技、本当に時間の過ぎるのも忘れてしまうほどでした。もちろん歌舞伎伝統の口上や‘見栄をはる’所作もありました。

おもしろきこともなき世をおもしろく

2018/05/31 スタッフ教育の一環で行っている第10回カルチャーセミナーのタイトルが‘おもしろきこともなき世をおもしろく’でした。ちょうど今、7回目を迎えたオープンギャラリーで‘模写絵展’を院内で開催していますが、その作家の方にお願いしてのミニレクチャーでした。その方は現役を退いた時に今後老いが始まる時、若いときと比べ体が思うように動かない自分を想い、ピアノを始めたそうです。それだけではなくいままで好きで集めた画集をもう少しじっくりと見ておきたいとの理由からそれを模写し、原作者の気持ちを少しでもわかろうとしたのが模写絵を始めたきっかけだったとか。もちろんお子様たちからプレゼントされた色鉛筆との出会いもきっかけの一つになったようですが。もともと建築関係の会社を主宰していた方。小さいころからの絵心に加えその腕前はプロ並みです。

職人芸

2018/05/24 昨年東京マラソンを走った後、ある事情があり、それまで大好きだった揚げ物断ちを敢行。一年以上てんぷらやとんかつそしてフライドチキンなどを断っていました。天ぷら解禁時はどうせならおいしい(と言われている)ところで食べようとある天ぷら屋さんに行きました。70歳になるご主人がその店で凛として天ぷらを揚げていました。

バウムクーヘンのおいしい食べ方

2018/05/18 先日サロン的テニスの会に参加した折、バウムクーヘンを食べる機会がありました。ちょうど参加者の中のお二人のお誕生日をお祝いする際に用意されたものでしたが、食べる時にどのように切って食べるかが話題になりました。年輪を見ながら真上から垂直に切る派と年輪を見ながら削ぎ切っていくやり方でしたが・・・今までは簡単に円形を6等分や8等分など人数に応じて適当な大きさに真上から垂直に切る事を当たり前に思っていたのですが、一方では斜めに削ぎきるようにスライスして切っていくのが当たり前と思っている方がいたり、、、はてさて皆様は?調べ好きの私としてはすぐにネット検索したところ、なんと斜めに削ぎ切る方が切り口の面積が大きくなりより香り良くいただけるとか・・・また本場ドイツでもそのようにして食べるとか・・・様々な生き方で常識というものがそれぞれに違う事を感じさせられたひとときでした。ちなみに日本にバウムクーヘンを最初に紹介した方はドイツ人カール・ユーハイムでした。あのユーハイムだったのですね。

楽観主義者

2018/05/08 先日のゴールデンウイーク、久しぶりに映画を観ました。第90回アカデミー主演男優賞を取った作品、そうそうその俳優ゲイリ-・オールドマンが日本人 辻一弘氏を指名しメイキャップをしてもらい、辻氏もメイクアップ・スタイリング賞を受賞した、その作品が日本題名‘ウインストン・チャーチル’原作名‘Darkest Hour ‘です。チャーチルが亡くなった翌日に新聞の一面を飾った記事を当時まだ小学生だった私は今でもぼんやりと覚えていますが、あの当時、どういうわけかチャーチルが好きで、その’なぜ好きだったのか‘を今回映画を観てあらためて感じさせられました。困難、逆境な時こそユーモアを忘れず、常に活路を見出すその精神力のタフさ、自らの恐怖心を周囲にはそれを見せずに悠然と構えているそんな人柄、、、彼の残した言葉にこんな言葉があります。

オリパラ

2018/04/27 先日ある勉強会に参加しました。‘オリパラ’における外国人対応、テロ対策、そして感染症対策などのお話しでした。講演の中でこの言葉を連発していましたが、演者はいずれも厚労省の行政官。いまや彼らにとっては‘オリパラ’は日常用語なのでしょう。でも初めて聞く人には一体何のことやらと思いますよね。まあ内容を聞けば‘オリンピック、パラリンピック’の略語というのは簡単にわかるのですが・・・・そんな事って医学の世界では日常茶飯、略語オンパレードであり、診療科が違えば同じ医師でも言っている事がまったく理解できないという場面も多くあります。そしてそのような略語を使ってつい患者さんに説明してしまう医師も少なくありません。当然何のことやらさっぱりわからないでしょう。スタッフには日頃から平易な言葉で説明するよう話しているのですが、そういう私もつい専門用語を使って説明することもあり・・・‘オリパラ’を通じてあらためて略語や専門用語を無意識に使う態度を改めようと思いました。

聖徳太子

2018/04/20 私たちが教科書や昔の一万円札に描かれこれまで親しまれてきた聖徳太子の存在が今、危ぶまれていると最近のTVで流していました。聖徳太子、別名厩戸の王子と称される人物は冠位十二階の制度や十七条の憲法を創ったり、十人もの意見を一度で理解できたとか,,清廉なイメージで真摯に国造りを考えていた方。一説によるとイエス・キリストと同じく馬小屋で生まれたという説もあるとか~そのように教わってきましたが・・・実在していなかったのではとの論議が盛んとなり最近の教科書には詳しくは記載されていないとか。今は静かな田園風景が広がる飛鳥の駅からほどないところにひっそりとたたずむ橘寺。この近くで彼は生まれたと言われています。かすかに読み取れる‘聖徳太子誕生の地’が刻まれた柱がさびしそうに建っていました。こんな立派な政治家、、、実在していたかどうかはともなくそれらの業績を成した人がいたのは事実です。古の時から国を愛し、国造りに真剣に取り組んできた先人たちを思い、古から続いている日本という国があることに感謝しながらこの国のための政治、行政をしっかりとしていただきたいものです。

町の時計屋さん

2018/04/13 最近 物を買うのが大変便利になりました。量販店やネットでも簡単に買える時代になっているからなのでしょうね。一方では町の時計屋さんのように昔かたぎの方が親身な商売をされている、そんな商業形態がだんだん少なくなってきているようにも思えます。最近こんな事がありました。部屋の整理をしていたら古い物入れの中に30数年前に使うのをやめてしまった時計を見つけました。何故30数年前の時計とわかったかというと時計のバンドに懐かしいアルミ製のカレンダーがまだ付いていたのです。昭和57年とありました。もちろんその当時で時が止まったのでした。懐かしい思いで何気なく振ってみたところ自動巻きだったようで、なんと時を刻み始めたのです。うれしくなり一日持っていたら30数年ぶりに正確に時を刻み始め・・・。大学入学の祝いで親からもらった思い出の時計でしたからもう一度使いたい思いにかられ、量販店付属の修理部門やビルに入っている修理店に足を運んだのですが残念ながらどこでも‘ピンが錆びついており、無理に取ろうとすると本体まで傷つけてしまう事になる’と断られてしまいました。自分で革のバンドを切ってピンを見たら指摘の通りさびていたわけで・・・最後に地元の年配の方がやっている時計屋さんに持っていったら‘ピンを切って差し替えれば大丈夫’と心強い返事。そして見事に今でも私の左腕で正確に時を刻んでいます。今は便利な世の中になりました。でも何か・・・物を大切にする心、そして昔の職人気質、そんな事が忘れ去られようとしているそんな思いを感じた出来事でした。