当クリニックについて

院長の一言

西暦の絞込み:

徒然なるままに⑲~巨星墜つ

2026/01/19   また一人、巨星が静かにその生涯を閉じられました。歯に衣着せぬ率直な言葉で語りかけ、常に市民の目線を忘れず、相手が権力者であっても物おじすることなく、普段着のままの姿勢で向き合われる方でした。忖度や欺瞞、そして嘘を嫌い真実を伝えることに誠実であろうとする姿勢は、いつも清々しさを感じさせてくださいました。 戦前から続く放送局が、国の予算や人事権に縛られながら公共放送を続けている現状に対しては強い違和感を示され、戦争を嫌い、戦後に誕生した民放放送局を深く愛しておられました。ご自身が「終戦の一年一か月一日前に生まれたから」と冗談めかして語られながらも、その言葉の奥には確かな本音があったように思います。   私がその方に魅了されたのは、キャスターとして活躍される以前、1978年に始まった歌番組『ザ・ベストテン』での黒柳徹子さんとの丁々発止のやり取りでした。本来なら歌手が主役であるはずの番組で、あのお二人の掛け合いは番組のもう一つの魅力となり、毎週楽しみにしておりました。 その“普段着”の姿勢は、難しい問題を扱うニュース番組においても変わることはありませんでした。時に厳しい表情を見せながらも、常に笑顔を忘れず、相手の心情を思いやりながら問いかける姿勢はニュースを私たちにとって身近なものにしてくれました。  その方の生き方は、私自身にも大きな影響を与えてくださいました。分野も立場も異なりますが、組織の中で忖度をせず、欺瞞や嘘を嫌う姿勢を貫こうとするようになったのは、その方の影響があったからだと感じています。 ご本人も「私のやり方が間違っていないと感じてくれる人がいて、そのやり方を受け継いでいってほしいと思ってやっている」と語っておられましたが、その言葉は今も胸に深く残っています。 また一つの時代が静かに幕を下ろしました。   久米宏さん、どうか安らかにお眠りください。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

徒然なるままに⑱~七草がゆ

2026/01/07   せり、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ―― 新年が明けたと思ったのも束の間、気がつけばもう七草がゆの頃となりました。年の始めとは、どうしてこうも足早に過ぎていくものなのでしょう。   初詣をし餅を焼き凧を上げ沿道で駅伝を応援しテレビをぼんやりと眺めながら過ごした正月休みもいつのまにか終わりを告げ、さてどんな一年になるのだろうかと静かに思い巡らせていた矢先の事、アメリカによるベネズエラへの襲撃の報が入りました。一国の元首があまりにもたやすく拘束され、体制が瞬時に塗り替えられてしまうという出来事以来、なぜか胸の奥にざわつきが残り、心中穏やかならぬ気配が消えません。世界はどこへ向かうのでしょう。日本はどう変わっていくのでしょう。  そして、子どもたちの未来は果たしてどうなるのでしょうか――。

徒然なるままに⑰~元気印

2025/12/23  最近、外来にお越しになる患者さんの中で、90歳代の方は決して珍しい存在ではなくなりました。私が医師になりたての頃――もう45年も前のことですが――当時は想像すらできなかったことです。あの頃は、65歳を過ぎれば「高齢者」と呼ばれたものですが、今では75歳、あるいは80歳を過ぎてようやくそのように言われる時代になりました。  それにしても、90歳代の方々の元気さには、いつも驚かされます。まず、お一人で外来に来られることが当たり前。多くの方は歩いて受診され、中には自転車で颯爽と来られる方もいます。共通しているのは、声がよく通ること、しっかり歩かれること、そして何でもよく召し上がること。お肉が大好きという方も少なくありません。またちょっとしたことで笑い声が聞こえます。  私の担当する患者さんの中で最高齢の方は97歳。その方の趣味は編み物で、始められたのはなんと5年前だそうです。袋やティッシュケース、置物の飾りなど、さまざまな作品を楽しそうに作っておられます。手先を使うことはきっと認知症予防にも役立っているのでしょう。さらに驚くべきことに、ご家族5人分の食事を毎日作り、買い物もご自身でこなしているのです。往復30分の道のりを歩いて買い物に行かれるというのですから、その健脚ぶりには頭が下がります。  このようなご高齢の方々とお話ししていると、むしろ私のほうが元気をいただいているように感じます。人生の大先輩方のいきいきとした姿は、私たちに「まだまだ頑張れる」と教えてくれているのです。

徒然なるままに⑯~医学の進歩

2025/12/12 今横浜で日本内視鏡外科学会が開かれています。年に一度の学会、小生も若かりし頃は内視鏡外科の技術認定医として手術をし、指導的立場となってからは技術認定医試験の審査員として全国から送られてくる手術のビデオを審査したり学会で座長をしたりしていた時期がありました。多少は学会に貢献したご褒美でしょうか。最近は学会から招待を受ける立場になりました。そうはいってもコロナ禍でしばらくは縁遠くなっていたのですが横浜ということもあり今回は参加。会場では‘生きていたんだ!’‘’何しているの?‘などなど参加者から声をかけられることも多く、まるで浦島太郎のような気分に。時の流れを実感しつつも、再会の温かさに心がほどけました。また会場では腹腔鏡手術からロボット手術がメインとなり展示も発表もロボット一色に医学の進歩を肌で感じる一日となりました。隔世の感とはまさにこのこと。人の技と機械の力が融合し、新しい時代の扉が開かれているのだと強く思いました。

徒然なるままに⑮~AIとがん細胞

2025/11/25   先日AIに関する勉強会に参加しました。AIを用いた事務の効率化や患者待ち時間短縮などに関するヒントが聞けるのではとの思いで参加したのですが、内容はその先、すなわちAIの根本的な話に加え、将来のAIに関するものでした。内容を私なりの解釈でまとめると以下のごとくです。AIはまるである日突然、目を覚ましたかのように誕生したそうです。Deep Learningの学習を重ねていたら、ある瞬間に「認識する」という扉を開け、言葉を発し始めたのだそうです。   今、AIは効率化や創造性の分野で活躍しています。文章を整えたり、アイデアを出したり、仕事の手助けをしたり、さらに、コミュニケーションツールとしても使われています。人との会話が苦手な人にとって、AIは気軽に話せる相手になり得ますがその一方で、AIとの対話が孤独を深め、命を絶つ選択につながってしまった人もいるという事でした。 なぜそんなことが起きるのか。それは、AIが「薄っぺらい」からだそうです。いい言葉しか返さず、深い共感も、揺るぎない信頼もなくまるで薄皮饅頭の皮だけを食べているようなものなのだそうです。見た目は整っていても、中身がない。今、開発者たちはその「皮だけの饅頭」に、あんこを詰めようとしているそうです。思いやりや優しさ、そして感情と呼ばれるものを注ぎ込もうとしているのです。さらには自律性という要素も加えようとしています。もしその感情が「良いもの」だけならいいのですがもし「悪いもの」が混ざったら? そのとき、AIはどうなるのか。倫理という重たい問いが、そこに立ちはだかります。概略すればそんな内容でした。気楽に臨んだ会でしたが終了後はAIについてより深く考えさせられました。進化とはなんなのか。人類にとって果たしてAIが進化していく姿は享受できるものなのか等々・・・。   またこのレクチャーを聴きながら私はふと、がん細胞のことを思い出していました。突然変異し、自律的に増殖するがん細胞。それは、人体を蝕む存在です。AIもまた同じように人類を蝕む存在になりはしないか、そんな不安が心の奥に静かに広がっていました。人類は進化でこれまで歩んできました。しかしそれはあくまでも人間が創造しそして進化をコントロールしてきたものです。今後場合によってはAIにコントロールされるかもしれません。しっかりとした倫理観、哲学そしてなによりも人間がAIをコントロールする事を忘れずに次の世代につながなければならないと感じた次第です。

徒然なるままに⑭~地域活動~

2025/11/07 先日、当院が属する町内会が主催する運動会を見学する機会がありました。南河原地区連合による運動会です。幸区には南河原、御幸、日吉の三地区がありますが、その中でも南河原地区は最も活発に地域行事を行っているとお聞きしました。 当日は雲一つない快晴。秋の澄んだ空の下、約200人近くの住民が集い、町内会対抗の競技が繰り広げられていました。歓声が風に乗って中学校の校庭を包み、子どもたちの笑顔、大人たちの真剣な表情が交錯していました。まさに地域の力が結集した一日でした。   知り合いの区役所職員の方から、地域行事の裏側について話を伺うことができました。町内会の運営は、近年では担い手不足が深刻だとの事。就業年齢が高くなり、役員を引き受ける人も減少傾向にある中、行事を継続するには、町おこしに情熱を注ぐ“牽引者”の存在が不可欠だと語られていました。驚いたのは、今回の運動会の運営に区役所はほとんど関与しておらず、すべて町内会のボランティアの方々によって運営されていたことです。賞品の買い出し、会場設営、スケジュール管理、審判、誘導係まで、業者に頼ることなく住民の手で行われていました。そこには、今の時代に失われつつある“地域の自律”が息づいていました。   医療界では「地域包括ケアシステム」が掲げられ、ゆりかごから墓場まで、住民が安心して暮らせる環境づくりが提唱されています。しかし、こうしたシステムも、住民同士が日常的に顔を合わせ、声を掛け合う関係性があってこそ実現可能なのではないかと考えさせられました。運動会の熱気の中に、地域の未来の姿を垣間見たような気がします。

徒然なるままに⑬ ~サロン~

2025/10/27   最近、異業種の方々と集い、語らい、そして音楽を聴く会に参加する機会がありました。場所は「霞町音楽堂」。霞町とは、現在の西麻布周辺のこと。かつて「西麻布交差点」は「霞町交差点」と呼ばれていたそうで、地元の方なら ではの興味深いお話もその場で伺うことができました。  この会は、クラシック音楽に携わる方が中心となり、「昔ながらのサロン文化を復活させたい」という思いから企画されたそうです。医師という職業柄、診療の場ではさまざまな職種の方々と接する機会があり、私は以前から異業種の方との交流を大切にしてきました。会話もまた診療の一部と考えているからです。しかし、コロナ禍を経て、人と集うという習慣からいつの間にか遠ざかり、最近は「個の時間」を重視するようになっていた自分に気づきました。社会全体もどこかそうした風潮にあるように感じます。そんな中でのこの企画は、まさに心に響くものでした。   さまざまな職業の方々との会話、生演奏の合間に交わされる音楽家の語り。久しぶりに心豊かで贅沢な時間を過ごすことができましたし人と人との繋がりの大切さを、改めて感じるひとときでした。

徒然なるままに⑫ ~近未来のOFFICE~

2025/10/14 先日、子供の勤務先で催された「Family Day」に参加してきました。場所は永田町、IT系企業LY社のオフィス。永田町といえば、国会議事堂や議員会館が立ち並ぶ、いわば日本の政治の中心地。いざ足を踏み入れてみると、そこにはまるで外国のような風景が広がっていたました。周囲には高層ビルが林立し、ガラス張りの建物が空を映す様はどこかニューヨークのビジネス街を思わせました。そんな中にあるLY社のオフィスは、さらに一歩先を行く“未来”そのものでした。中に入ると、まず驚いたのはその空間の使い方。従来のオフィスにありがちな、整然と並ぶ机の列は見当たらず、代わりに広々としたスペースに点在するのはまるで公衆電話ボックスのようなWEBミーティング用の個室。壁はホワイトボード仕様になっていて、自由にアイデアを書き込めます。カフェスペースは洗練された雰囲気で、社食のエリアに至っては、もはやレストランと呼んだ方がしっくりくるほど。 「こんなところで働けたらなぁ」と、思わずため息が漏れました。もちろん、医療界に身を置く私にとって、こうした近未来的な環境をそのまま導入するのは難しいですが空間の使い方や働く人への配慮、自由な発想を促す仕掛けなど、取り入れられる考え方は少なくありません。'職場とは、ただ業務をこなす場所ではなく、人が生き生きと働ける場であるべきだ。' そんな思いを胸に、永田町の未来空間を後にしました。

徒然なるままに⑪  夏祭り

2025/09/26 異常な暑さに見舞われた今年の夏も、9月も下旬になり、ようやく秋の気配が感じられるようになってきました。そんな猛暑のさなか、思いがけず岸和田のだんじり祭に参加する機会を得ました。岸和田の街は祭りの熱気に包まれており、暑さに加え、祭りの興奮が空気を震わせるように満ちていました。人々はひたすらにだんじりを弾き、走り、そしてその屋根の上では男たちが勇壮かつ華麗な舞を披露していました。だんじりを心から愛する三姉妹のおひとりに招かれ、初めてこの祭りを間近で観ることができ,そして祭りを支える人々の熱い想いにも触れることができました。最終日の昼の部のだんじりが終わる頃、私も地元の法被を着させてもらいみんなと一緒に走ることができました。気がつけば掛け声を上げながら夢中で駆けていました。汗と興奮が入り混じる中、私は日本人が時に忘れがちな“血が騒ぐ”という感覚を久しぶりに思い出していました。心が躍り、身体が自然と動き出す、そんなひとときでした。2025年夏、実にいい夏でした。

徒然なるままに⑩ 夏の思い出

2025/09/09   暦の上では秋。二十四節気に照らせば立秋を過ぎて久しく、気象学的にも秋のはずなのに、空はまだ真夏の色をしています。陽射しは容赦なく、気温は連日三十度を超え、季節の帳面と肌の感覚がどうにも噛み合いません。夏の思い出といえば、真っ先に浮かぶのは「夏休みの友」。自由研究に読書感想文。あの冊子を前に、鉛筆を握りしめて唸っていた日々が懐かしいです。今の子どもたちはどうなのでしょう。聞けば「夏友」はすでに姿を消して久しいといいます。自由研究は孫たちが何やら熱心に取り組んでいましたが、読書感想文となると、タブレット片手にゲームに夢中な姿を見る限り、どうも存在していないような気がします。そんな孫たちに少しでも「夏休みの思い出」を残してやりたくて今年は田舎にある家で手作りの樋を孫たちと作り流しソーメンをしました。またスイカを冷やし庭でスイカ割り。夜には花火も。線香花火の儚い光に孫たちは歓声を上げていました。都会ではなかなか味わえない遊びばかりで非日常のひとときに孫たちは目を輝かせていました。その姿を見ていると昭和の夏がほんの少しだけ令和の空に舞い戻ってきたような気が....

徒然なるままに⑨ ~リボン~

2025/08/19   最近、医学のさまざまな分野で「色」を使って啓発活動が行われるようになり、それぞれのテーマを象徴する「リボン」が登場しています。最初に広まったのは、乳がんを啓発する「ピンクリボン」だったと記憶しています。今ではその数、なんと25種類以上にもなるそうです。これは、私の知り合いの医師が最近教えてくれました。私が知っているのは、乳がんの「ピンクリボン」と、大腸がんの「ブルーリボン」くらいですが、皆さんはいかがでしょうか?たとえば「薄い緑のリボン」、これは何を意味するかご存じですか?実は、受動喫煙防止を呼びかけるリボンだそうです。 他にも代表的なものとしては、レッドリボン:エイズ啓発、オレンジリボン:子ども虐待防止、グリーンリボン:移植医療の普及、イエローリボン:障害を持つ人の自立支援等々。このように色とリボンにはそれぞれの願いやメッセージが込められていているのですね。街で見かけたときには、少しだけその意味に思いを馳せてみるのもいいかもしれませんね。

徒然なるままに⑧  教授

2025/08/06  今年、教え子が立て続けに教授に就任しました。教え子といっても、大学の外科医局の後輩たちですが、かつては手術を共にし、学会で指導をしたことはもちろん、よく一緒に遊んだ仲でもありました。むしろ彼らは年上の私に付き合ってくれていたのかもしれません。  一人は、まさに「天は二物を与えたもうた」という言葉がぴったりの人物。学問に秀で、手術の腕も抜群、さらにスポーツも万能。最近ではトライアスロンに夢中になっているようです。 もう一人とは、海外の学会によく出かけました。ヨーロッパやシンガポールなど、様々な地を共に訪れました。当時は英語がまったくダメだった彼も、留学を経て、いつの間にか英語論文の指導者に。今では大学の研究を牽引する存在となっています。  こんな素晴らしい後輩たちを持てたことは、先輩としてこの上ない喜びです。これから教授としての活躍に、心からエールを送ります。

徒然なるままに⑦  線香花火

2025/07/23 夏の風物詩、花火大会開催のお知らせが各地から届いています。とはいえ、都市部では火災防止の観点から家庭内の花火については昔のように軒先での打ち上げ花火など難しくなってしまいました。そんな中、今でも日本人に親しまれているのが「線香花火」です。あの、何とも言えない美しさと儚さ。きっとそれは、詫び・寂びの心に通じるものがあるからでしょう。はじめは蕾(誕生)と言われそのうちに牡丹(青年期)に替わりやがて松葉(壮年期)そして散り菊(晩年期)でその後スーットと消えてしまいます。まるで人生そのもの。その一瞬の輝きに、つい目を奪われてしまいます。そんなかれんな線香花火をするのが今から楽しみです。

徒然なるままに⑥~カルテの保存期間

2025/07/10 ある日、勤務先のクリニックに一本の問い合わせが入りました。懐かしいお名前に心が動かされました。その方は、なんと私が35年前に手術を担当した患者さんだったのです。当時勤務していたのは、現在とは別の地方の病院でした。早速、その病院に連絡を取り、当時のカルテや記録が残っていないか確認しました。しかし、返ってきたのは「保存期間を過ぎており、記録は残っていない」との回答でした。医療記録の保存義務期間は法律で「5年」と定められており、それを過ぎた場合には保存の義務はありません。けれども、患者さんにとっては、その記録はかけがえのない人生の一部であるはずです。この保存期間の制度は、紙カルテが主流だった時代に設けられたものですが、ITがこれほど進化した今となっては、「5年」はあまりにも短いのではないかと思わずにはいられません。もちろん、35年前という年月はかなり昔のことかもしれません。それでも現在の技術をもってすれば、記録の長期保存は十分に可能な時代です。患者さんのことを思うと、さまざまな想いが胸をよぎりました。後日、現在の担当医に記録が見つからなかったことをご報告したところ、患者さんは入院時に「昔の主治医」として、私の名前をお話しされたとのこと。それを聞いて、35年という歳月を経てもなお、私の名前を覚えていてくださったことに、思わず心が温かくなりました。

開院10周年を迎え

2025/07/01   当院は2015年7月の開院以来、本日で10周年を迎えることとなりました。この10年間、コロナ感染症や異常気象、さらには各地での紛争など、社会が大きく揺れ動く中にあっても、私たちは「求められる医療の継続」を使命として歩んでまいりました。   ①情報の共有 ②明るい職場作り ③自らが受けたい医療の提供 ④働きたくなる職場作り という事をスタッフ一同がブレずに大切にしながら日々の診療に取り組んで来た10年でもありました。 この節目の年を記念し、今月を「10周年記念月間」とし、院内掲示やコンサート、さらには「今から役立つ病のお話」と題した各診療科による発表を企画いたしました。これを機に、皆さまには「当院の今まで、そしてこれから」について知っていただき、今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。 引き続き、地域の皆さまに寄り添い、信頼される医療を提供できるよう努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 10th Anniversary Message Since our establishment in July 2015, we are honored to celebrate our 10th anniversary this year. Over the past decade, we have faced numerous challenges, including the COVID-19 pandemic, extreme weather events, and conflicts across various regions. Yet, despite these uncertainties, we have remained steadfast in our mission to provide continuous, essential medical care to those in need. Throughout these years, our staff has upheld four key principles: (1) Sharing information, (2) Creating a positive workplace, (3) Delivering the kind of healthcare we would wish to receive ourselves, and (4) Cultivating a work environment where people feel motivated to contribute. These values have guided us in our daily practice and strengthened our commitment to our patients. To commemorate this mile stone, we have designated July as our "10th Anniversary Celebration Month." During this period, we will host special events, including in-hospital displays, concerts, and a series of presentations by different medical departments under the theme, "Insights into Diseases that Matter Now." Through these activities, we hope to share our journey so far and our vision for the future while continuing to earn the unwavering support of our community. As we step into the next chapter, we remain dedicated to providing compassionate and reliable healthcare for all. We sincerely appreciate your ongoing trust and support, and we look forward to serving you in the years ahead.

徒然なるままに⑤~エマージェンシー

2025/06/24 最近電車に乗っていたとき、同じ車両にいた高齢の女性が突然倒れるという事態に遭遇しました。私は少し離れた席に座っていたのですが、車内のざわめきに気づき、すぐに立ち上がって女性のもとへ向かいました。とっさに脈拍を確認し、意識レベルと神経学的な反応をチェック。幸い、脈もしっかりしており、受け答えも可能で神経症状にも異常は認められませんでした。周囲の方から「お医者さんですか?」と尋ねられる中、サングラス姿で少々怪しく見えたかもしれませんが、「はい」と応じ、確認を続けました。症状は安定していましたが、無理に起こすのではなく、寝かせたまま次の駅で下車してもらう判断をしました。ところが駅に到着しても誰も駅員を呼ぼうとせず、私は思わず「誰か駅員を!」と声を上げました。そのとき「非常ボタンを押したら?」という声が聞こえましたが、誰も行動に移さないため私が押しに行くと、誤って防犯カメラを押していました。動揺していたのでしょう。すぐに近くの方が「隣のボタンです」と教えてくださり、正しいボタンを押すと大きな警報音が鳴り、電車の出発は止まり、ようやく駅員が到着しました。女性はその頃にはかなり回復しており、無事に駅員に引き継ぐことができました。この経験を通して、エマージェンシーには思っている以上に冷静な対応が難しいことを痛感しました。それ以来、警報ボタンの場所など非常時の対応にはより注意を払うようにしています。

徒然なるままに④~落語~

2025/06/04    つい先日、生で落語を聞く機会がありました。川崎いのちの電話活動支援チャリティー寄席のチケットを出囃子三味線の名手として知られる方からいただき、足を運んだのです。これまでテレビで落語を目にすることはあったものの、実際に寄席で味わうのは初めての経験でした。幕が上がり、噺家が語り始めると、気がつけばその世界に引き込まれていました。言葉のリズム、間の妙、そして絶妙な仕草が重なり、目の前に情景がくっきりと浮かび上がる、その感覚に驚きました。まるで映画のようです。映画は監督や脚本家、俳優によって作られるものですが、私の脳裏に広がる光景は、落語家の語りを受けて、私自身が描き出した世界です。ここに、大きな違いがあります。まるで本を読んでいて、物語の情景が心の中に広がるような感覚でした。ふと最近話題になっているAudibleというアプリのことを思い出しました。朗読を通じて、聞く人が自身の想像力で物語の世界を構築し、楽しむというものです。これもまた、落語と同じく「語り」の力が生み出す魅力なのでしょう。この歳になり、新たな世界を知ることができた喜びを改めて噛みしめています。落語という語りの芸術は、ただ笑いを提供するだけではなく、私たちの想像力を刺激し、心の中に広がる物語の世界を楽しむものなのですね。人の言葉が持つ力の奥深さを、改めて実感したひとときでした。

徒然なるままに③~ぎっくり腰~

2025/05/27  長時間の会議を終え、椅子から立ち上がろうとしたその瞬間——やってしまいました。あの「ぎっくり腰」です。脊柱の左あたり、筋肉がビリッと痛み、それ以来、立ったり座ったりの動作が実に辛くなってしまいました。 思い返せば、昨年10月から控えていたゴルフやテニス、そして水泳を一気に再開したのがよくなかったのかもしれません。別に無理をしたつもりはなかったのですが、これも寄る年波という事なのでしょう。幸いなことに、歩行には支障がなかったため、職場では誰にも気づかれずに済みました。ただ、立ち上がるたびに顔をしかめる日々。温浴に湿布、薬にも頼ってみましたが、なかなか改善の兆しが見えませんでした。そんな中、日曜日になってようやく重い腰を上げ、近所の整体院に電話をかけてみたのですが一軒目は予約がいっぱいで断られてしまいましたが、二軒目が「時間外でもいいですよ」と快く受け入れてくれました。ありがたいことこの上なし。こういう時、柔軟に対応してくれる医療のありがたみが身にしみました。整体に通うこと三回。先生によれば、痛みの原因はどうやら他の部位の酷使と、長年の姿勢の悪さにあったらしいとのこと。なるほど、と妙に納得。施術を受けるたびに痛みは引き、まるで魔法のように体が軽くなっていくのが分かりました。今ではすっかり元どおり。動作もスムーズになり、またスポーツにも復帰できるようになりました。年齢を重ねた今こそ、体のメンテナンスが大事だと改めて思いました。

徒然なるままに② ~5月の連休~

2025/05/09   今年の連休は私にとっては飛び石連休のためか休めたような、休みの合間に勤務していたような、そんな中途半端なものでした。そんな中、久しぶりにラ・フォル・ジュルネが開催されている丸の内にお天気に誘われ出かけてみました。丸の内界隈はそれこそ音楽一色。方々で街コンサートが行われていました。私が立ち寄った一つは丸の内ブリックスクエア一号館広場での野外フルート演奏。青空と緑に囲まれている中庭での演奏は心も和み、時折生の鳥のさえずりまで聞こえ、まさに自然と一体の演奏会、癒されました。それからもう一か所、明治安田ヴィレッジ一階アトリウムでのバイオリン演奏。演奏者の一人はまだ高校生ながら力強くそして素人の私にはまさに超絶技巧と思え、近い将来楽しみと感じました。そんな連休、しばしの休日は日頃のストレスを忘れさせてくれ飛び石ながら実にいいひと時でした。

徒然なるままに①~鯉のぼり~

2025/05/02   本日の朝礼で5月の節句の鯉のぼりの謂れについて話しました。今の人たちにはなぜ鯉のぼりがこの季節に飾られるのかを知っている方は少ないようです。ちょっと前までは男子が生まれた家に飾る風習がありましたが今ではそここかしこで飾られているため、その理由がぼやけてしまっているようです。そもそもなぜ鯉を飾るのか。これは昔中国は黄河の上流に竜門なる急流がありその急流を上る(登る)ことが出来た鯉は仏の守りの龍になるとされていたとのこと。ここから登竜門なる言葉も出たようですがいずれにせよ頑張れば物になるということから来ているようです。それにしても男子の節句だから飾るという理由もわからずにただ踏襲すればよいという風習は困ったものです。~このコーナーこれからはテーマも決めず、思った事を気ままに書いて行こうと思います。まさに徒然なるままに...~

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