第二川崎幸クリニックトップ 院長の一言 一覧 2017 鹿鳴館と看護教育

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鹿鳴館と看護教育

2017/06/07 あの津田梅子(2017年4月14日掲載)と一緒にアメリカに渡り、看護師の免許を取得してきた方がいました。それが山川捨松です。彼女は会津出身であったにも関わらず戊辰戦争で敵対していた薩摩藩出身の大山巌と結婚、堪能な英語力と社交性で一躍鹿鳴館の華となりました。そこで出会ったのが高木兼寛 慈恵医大の創設者ですが、あわせて看護学校を始めて作った方です。そのきっかけとなったのが捨松であることは言うまでもありません。あの当時、女子教育に尽力した津田梅子といい、看護教育のいわゆる陰の創始者である捨松といい、幼少時に海を渡り、見事にその使命を開花させ国造りに役立てた人物が明治時代は多かったのですね。


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