第二川崎幸クリニックトップ 院長の一言 一覧 2017 日本を愛しながら日本で理解されず・・・

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日本を愛しながら日本で理解されず・・・

2017/05/17  おかっぱ頭でロイドメガネそしてちょび髭、その顔自体が漫画的なそんな画家。乳白色の透き通る肌を描かせれば他に追従するものなし、そんな日本人の画家がいました。藤田嗣治。またの名をレオナールフジタ。彼は森鴎外の次に軍医総監にまでなった父を持ち、東京美術学校(現 芸大)で学び、当時の日本の美術界に疑問を抱き、そしてパリに旅立っていきました。彼の芸術性を見出したのは目の肥えたパリの人々そして芸術家の人々でした。第二次世界大戦中は愛する日本に戻り、時には従軍画家として国のために絵を描き続けましたがそんな彼の行動に対して戦後は彼へのバッシングが吹き荒れ、やむなくパリにもどりました。腕一本で世界を魅了した藤田。秋田には藤田の巨大な作品‘秋田の行事’があります。現在は県立美術館に移ってしまいましたが平野政吉という経済人が藤田の絵のために美術館の中に部屋を作りその大作を飾っていました。藤田はその絵を通し秋田だけではなく日本を描きたかったのだと思います。彼が愛していた日本を・・・。

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