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バロック絵画

2017/08/08 ルネッサンス絵画に続いたバロック芸術。荘厳かつ劇的なタッチ、強い明暗などで特徴つけられています。作家としてはレンブラント、フェルメール、フランドルのルーベンス、スペインのベラスケスなどが挙げられます。日本人好みのこの時代の絵と言ったら間違いなくフェルメールでしょうか?彼の代名詞と言われるフェルメールブルーは有名ですよね。あのなんとも言えない深い青、この青を描くために彼は当時純金と同じほどの高価だったラピスラズリを購入していたとか。そうフェルメールブルーと称される青は顔料の原材料であるラピスラズリを用いています。和名では瑠璃(るり)といいますがその青の何とも言えない輝きと優しさに皆が魅了されてしまうのですね。‘真珠の耳飾りの少女’や‘牛乳を注ぐ女’は題名こそわからない人でもその絵を見たら、ああフェルメール作ときっと作家の名前を挙げる事ができるでしょう。

夜警

2017/08/02 いつの世も、戦争で大切な文化遺産が破壊され、後世に伝わらないという愚かしい悲劇を経験します。そんな中、バロック絵画を代表する一枚の絵が第二次世界大戦中、戦禍を逃れ、洞窟に隠されていた事をご存知でしょうか?オランダの南に位置するマーストリヒト郊外の丘陵地の壕の中にその絵は隠されていました。それがレンブラントが描いた‘夜警’です。私がマーストリヒトに留学しているとき、友人に案内され、かの地を訪ねましたがその絵の保管場所には記念として’夜警’の壁画が残されていました。オランダ人がいかにこの絵を愛していたか、この事実を知った時、感慨深かったのを今でも覚えています。いまはアムステルダム国立美術館のメインを飾る絵として展示されています。そんな絵にまつわる逸話を知りながら鑑賞すると一層味わい深いものです。

三大巨匠の年齢

2017/07/27 ルネッサンス絵画の三大巨匠と言われているダ・ヴィンチ、ミケランジェロそしてラファエロの年齢を見ているといろいろな思いが巡ってきます。ダ・ヴィンチは1452年生まれ、それから遅れること23年の1475年にミケランジェロが生をうけ、そしてその8年後に幼少時から天才と謳われ、若いころから大きな工房を主宰していたラファエロが生まれています。ラファエロは他の2人と比べ37歳という若さで夭折していますが、20代後半からはローマ教皇に気に入られ、ヴァチカン宮殿のフレスコ壁画作成を依頼されています。今もヴァチカン宮殿の‘ラファエロの間には彼の代表作’アテナイの学堂‘がかざされていますが、興味深いのはその絵の中にミケランジェロがモデルとされる人物が描かれています。若い彼も少し年上のミケランジェロを意識していたのですね。ミケランジェロは年下のラファエロを意識しながらシスティーナ礼拝堂の天井画制作の依頼をしぶしぶ受けたという記録もあるそうです。いつの世もどんな人物でも他人をつい意識してしまうのですね。

ルネッサンスの2大巨匠

2017/07/20 今 三菱一号館美術館でレオナルド×ミケランジェロ展が9月まで開催されています。まさにルネッサンスを代表する二大巨匠のVS。当時のとらえ方はレオナルドは絵画派、ミケランジェロは彫刻派と言われていたようです。ミケランジェロの20代の作と言われているサン・ピエトロ大聖堂にあるピエタ像の前に立った時、その美しさにただただ息を飲み、その前に呆然と立ち尽くしてしまいました。一方、彼は60歳を超えてもなお新たな挑戦をし続け、約6年の歳月をかけて完成したシスティーナ礼拝堂に飾られている巨大なフレスコ画 '最後の審判`は‘圧巻’の2文字のみです。88歳で没するまで芸術に対して追求し続けた姿勢は北斎にも通じますし、一昨日お亡くなりになった生涯現役の日野原先生にもなぜか通じるような・・・。

フレスコ画について

2017/07/13 バチカン宮殿の中にあるシスティーナ礼拝堂の祭壇には巨大なフレスコ画が飾られています。ミケランジェロ作 ‘最後の審判’。暑い中、長蛇の列に並び、じっとその順番を待っていたのを思い出します。さてフレスコ画とはフレッシュすなわち‘新鮮な’から来ているとのこと。壁に漆喰を塗り、その漆喰がまだ新鮮な生乾きの内に水や石灰水で溶いた顔料で描くという画法です。その画法は色があせなく保存にも適していたとの事。古くは先史時代のラスコーの洞窟壁画やポンペイの壁画もフレスコ画です。ルネッサンスはまさに復興の時代。先人たちの残した技法に注力し、再興したのですね。ラファエロの‘アテネの学堂’もフレスコ画の代表作です。

ルネッサンス時代

2017/07/06 ミラノの街を歩いているとダ・ヴィンチ通りという路地があり、そこにはダ・ヴィンチが作ったといわれる用水路が遺跡としてまだ残っています。宗教画の時代に終わりを告げ、伝統的手法を破った画家達がいました。レオナルド ダ・ヴィンチもその一人。彼の名前はヴィンチ村のレオナルドという意味があるそうです。フィレンツエの郊外のヴィンチ村に生まれた天才的芸術家。絵画のみならず軍事兵器、医学、天文学そして幾何学などあらゆる分野に通じていました。彼について語れば何時間でも足りないそんな人物です。あのモナリザも彼の作品である事は誰しも知るところ。遠近法あり、光と影あり。彼の活動の出発点になったフィレンツエで14世紀から16世紀にかけ花開いたのがルネッサンスです。ちなみに今、腹腔鏡外科手術の世界で導入されているロボット支援手術の名前がダ・ヴィンチ。草葉の陰でさぞや彼は驚いている事でしょう。

ルネッサンス絵画の宝庫

2017/07/04 フィレンツエ アルノ川沿いに建つウッフィーツィ美術館。そこにはこの地から始まったルネッサンス(復興)絵画が勢ぞろいしています。長い回廊から枝分かれした部屋は長くキリスト教時代に描かれた絵画と自由な作風と遠近法などにみられる技法の発達を比較することができる場所でもあります。数ある画家の中でひときわ異彩を放つのがサンドロ・ボッティチェッリ・・・彼は初期ルネッサンスを代表する画家として有名です。これまでの宗教画から一転、色彩も華やかかつその構図もギリシャ文化を彷彿するような作風。 ‘プリマヴェーラ’や‘ヴィーナスの誕生’は彼の代表作。デュオーモの鐘の音を遠くに聞きながらゆっくりと回廊を歩くとき、外には夕陽に照らされたアルノ川がゆったり流れ・・・最高のひとときです。15世紀に芽生えたルネッサンス芸術。それはかの地にあのメディチ家がいたからこそ花開いたのですね。経済と芸術。いつの世も変わらぬ関係です。

イタリアでは宮殿の中で

2017/06/29 部屋一面につるされている巨大な織物を見る機会がありました。キリスト教色が多い中世絵画ではモザイク画もそうですがこの織物(タペストリー)絵画も代表的なものです。壁一面を覆うかのような巨大なタペストリーに描かれた宗教画そして中世の風景や人々の生活史をみる度に大いに圧倒されたものでした。ヨーロッパのタペストリー文化は11世紀に十字軍が東方の産物として手織り絨毯を持ち帰ったのが始まりとされています。

モザイク画について

2017/06/26 今日から絵画と歴史についてお話ししたいと思います。

絵画の歴史

2017/06/22 朝礼ではスタッフに少しでも興味ある事を持っていただきたいとの一心から、最近は絵画の歴史について、そして画家たちについて私見を交え院長の一言を行ってきました。