第二川崎幸クリニックトップ 院長の一言 一覧

院長の一言 一覧TOPに戻る

印象派の船出

2017/09/19 パリに住む多くの画家たちが新しい作風を探っていた1800年代後半、当時開催されたパリ万博はまさにその若者達に多大なる影響を与えたようです。その一人がモネ、彼も浮世絵に多くの影響を受けた一人でした。彼は当時の美術界の本流であった’サロン’に対抗して行われた美術展に’印象・日の出’を出品。1874年のことです。その美術展は後に彼の作品のタイトルから取り、’第1回印象派展’といわれるようになりました。本格的な印象派の船出だったのですね。 モネは大の日本びいき。40歳代から生涯にわたり住んでいたジヴェルニーの家には太鼓橋のある日本風の庭を造りました。その池に咲く睡蓮は彼の代表的な作品となったのは誰しも知るところですね。オランジュリー美術館の中にある360度睡蓮の絵で飾られた部屋で静かにたたずんでいるとなぜか心が落着き、離れがたかった思い出があります。

昔浮世絵・・・今漫画/アニメ

2017/09/15 今、日本の漫画そしてアニメ文化が世界を席捲しています。パリではここ数年日本の漫画、アニメを中心とした一大日本祭が開催され、多くのヨーロッパの人々でにぎわっているそうです。それはあたかも1867年にパリで行われた国際博覧会で初めて浮世絵がパリの人々の目に触れることとなり、以来 芸術の世界に一大センセーションを巻き起こした流れにどこか似ています。まさしくその潮流が私が最も好きな印象派の画家たちに多大な影響を及ぼしたとは・・・

民衆と写実主義

2017/09/05 写実主義もちょうどロマン主義、新古典主義と同時代に起こった流れです。新古典主義のような歴史画ではなく、あくまでも現実の社会をありのままに描こうとするものでした。また題材もこれまでの英雄や、貴族、聖職者などと違い、いままで取り上げることをはばかられていた民衆、特にその中でも農民や下層労働者たちの姿をありのままに描こうとしていました。時あたかも産業革命。世の中がすさまじい勢いで変化していく中での庶民の忍従、苦労、悲しみ、時代の変革の際にいつも犠牲になりがちな階層に特に目をかけていたこと、大事なことですね。ミレーの‘種まく人’‘晩鐘’そして‘落穂ひろい’ 考えさせられる作品です。

ロマン主義とフランス革命

2017/09/01 ロマン主義は新古典主義と同時の対立軸として生まれた流れですが、新古典主義が懐古であったのに対してロマン主義は近代へそして‘自由’を求めました。代表的な作家にドラクロアがいます。彼の描いた‘民衆を導く自由の女神’は題材といい、構図を重視し色彩を重んじた点は新たな息吹を感じる作品でした。これまでにない現実に起こっている事象に対して鋭い感性と感情移入した作風は次の印象派の到来を予測するものだったのでしょうね。世の中流転の如し、芸術もまたしかり・・・。

ポンペイ遺跡と新古典主義

2017/08/22 いつの時代にも英雄、あるいはヒーローと呼ばれる人物が現れます。軽いタッチのロココ調から荘重な新古典主義にかわったのもあるヒーローの登場が関わっていると言われています。それがナポレオンです。彼の戴冠式を書いた'ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠'はその代表作。ギリシャ時代の芸術を彷彿させる新古典主義の登場に影響を与えたもう一つがポンペイ発掘だったという事も有名な話です。ヴェスビオス火山により,

サロン文化と絵画

2017/08/15 激しさや豊かな色合いで表現されるバロック絵画の次にきたのが柔らかさ、曲線を主体としたロココ調。このころ時代的には宮廷でのサロン文化がまさに華やかなりし頃。多くの画家たちが貴族の依頼をうけ、彼らを題材とした作品を描きました。フラゴナールのブランコも代表作の一つ。中央に優美に描かれている女性はいたずらっぽい目で眼前にたたずむ男性を魅了している様子が印象的です。それまでの時代とは違い華やかで日常の一コマをさりげなく切り抜いている、その後の印象派の登場を予感するような(と私は勝手に解釈していますが・・・)題材です。一方では軽薄な画風に当時は賛否両論だったようですが・・・。いつの時代も芸術は世相を反映するものなのですね。

バロック絵画

2017/08/08 ルネッサンス絵画に続いたバロック芸術。荘厳かつ劇的なタッチ、強い明暗などで特徴つけられています。作家としてはレンブラント、フェルメール、フランドルのルーベンス、スペインのベラスケスなどが挙げられます。日本人好みのこの時代の絵と言ったら間違いなくフェルメールでしょうか?彼の代名詞と言われるフェルメールブルーは有名ですよね。あのなんとも言えない深い青、この青を描くために彼は当時純金と同じほどの高価だったラピスラズリを購入していたとか。そうフェルメールブルーと称される青は顔料の原材料であるラピスラズリを用いています。和名では瑠璃(るり)といいますがその青の何とも言えない輝きと優しさに皆が魅了されてしまうのですね。‘真珠の耳飾りの少女’や‘牛乳を注ぐ女’は題名こそわからない人でもその絵を見たら、ああフェルメール作ときっと作家の名前を挙げる事ができるでしょう。

夜警

2017/08/02 いつの世も、戦争で大切な文化遺産が破壊され、後世に伝わらないという愚かしい悲劇を経験します。そんな中、バロック絵画を代表する一枚の絵が第二次世界大戦中、戦禍を逃れ、洞窟に隠されていた事をご存知でしょうか?オランダの南に位置するマーストリヒト郊外の丘陵地の壕の中にその絵は隠されていました。それがレンブラントが描いた‘夜警’です。私がマーストリヒトに留学しているとき、友人に案内され、かの地を訪ねましたがその絵の保管場所には記念として’夜警’の壁画が残されていました。オランダ人がいかにこの絵を愛していたか、この事実を知った時、感慨深かったのを今でも覚えています。いまはアムステルダム国立美術館のメインを飾る絵として展示されています。そんな絵にまつわる逸話を知りながら鑑賞すると一層味わい深いものです。

三大巨匠の年齢

2017/07/27 ルネッサンス絵画の三大巨匠と言われているダ・ヴィンチ、ミケランジェロそしてラファエロの年齢を見ているといろいろな思いが巡ってきます。ダ・ヴィンチは1452年生まれ、それから遅れること23年の1475年にミケランジェロが生をうけ、そしてその8年後に幼少時から天才と謳われ、若いころから大きな工房を主宰していたラファエロが生まれています。ラファエロは他の2人と比べ37歳という若さで夭折していますが、20代後半からはローマ教皇に気に入られ、ヴァチカン宮殿のフレスコ壁画作成を依頼されています。今もヴァチカン宮殿の‘ラファエロの間には彼の代表作’アテナイの学堂‘がかざされていますが、興味深いのはその絵の中にミケランジェロがモデルとされる人物が描かれています。若い彼も少し年上のミケランジェロを意識していたのですね。ミケランジェロは年下のラファエロを意識しながらシスティーナ礼拝堂の天井画制作の依頼をしぶしぶ受けたという記録もあるそうです。いつの世もどんな人物でも他人をつい意識してしまうのですね。

ルネッサンスの2大巨匠

2017/07/20 今 三菱一号館美術館でレオナルド×ミケランジェロ展が9月まで開催されています。まさにルネッサンスを代表する二大巨匠のVS。当時のとらえ方はレオナルドは絵画派、ミケランジェロは彫刻派と言われていたようです。ミケランジェロの20代の作と言われているサン・ピエトロ大聖堂にあるピエタ像の前に立った時、その美しさにただただ息を飲み、その前に呆然と立ち尽くしてしまいました。一方、彼は60歳を超えてもなお新たな挑戦をし続け、約6年の歳月をかけて完成したシスティーナ礼拝堂に飾られている巨大なフレスコ画 '最後の審判`は‘圧巻’の2文字のみです。88歳で没するまで芸術に対して追求し続けた姿勢は北斎にも通じますし、一昨日お亡くなりになった生涯現役の日野原先生にもなぜか通じるような・・・。