第二川崎幸クリニックトップ 院長の一言 一覧

院長の一言 一覧TOPに戻る

ルネッサンスの2大巨匠

2017/07/20 今 三菱一号館美術館でレオナルド×ミケランジェロ展が9月まで開催されています。まさにルネッサンスを代表する二大巨匠のVS。当時のとらえ方はレオナルドは絵画派、ミケランジェロは彫刻派と言われていたようです。ミケランジェロの20代の作と言われているサン・ピエトロ大聖堂にあるピエタ像の前に立った時、その美しさにただただ息を飲み、その前に呆然と立ち尽くしてしまいました。一方、彼は60歳を超えてもなお新たな挑戦をし続け、約6年の歳月をかけて完成したシスティーナ礼拝堂に飾られている巨大なフレスコ画 '最後の審判`は‘圧巻’の2文字のみです。88歳で没するまで芸術に対して追求し続けた姿勢は北斎にも通じますし、一昨日お亡くなりになった生涯現役の日野原先生にもなぜか通じるような・・・。

フレスコ画について

2017/07/13 バチカン宮殿の中にあるシスティーナ礼拝堂の祭壇には巨大なフレスコ画が飾られています。ミケランジェロ作 ‘最後の審判’。暑い中、長蛇の列に並び、じっとその順番を待っていたのを思い出します。さてフレスコ画とはフレッシュすなわち‘新鮮な’から来ているとのこと。壁に漆喰を塗り、その漆喰がまだ新鮮な生乾きの内に水や石灰水で溶いた顔料で描くという画法です。その画法は色があせなく保存にも適していたとの事。古くは先史時代のラスコーの洞窟壁画やポンペイの壁画もフレスコ画です。ルネッサンスはまさに復興の時代。先人たちの残した技法に注力し、再興したのですね。ラファエロの‘アテネの学堂’もフレスコ画の代表作です。

ルネッサンス時代

2017/07/06 ミラノの街を歩いているとダ・ヴィンチ通りという路地があり、そこにはダ・ヴィンチが作ったといわれる用水路が遺跡としてまだ残っています。宗教画の時代に終わりを告げ、伝統的手法を破った画家達がいました。レオナルド ダ・ヴィンチもその一人。彼の名前はヴィンチ村のレオナルドという意味があるそうです。フィレンツエの郊外のヴィンチ村に生まれた天才的芸術家。絵画のみならず軍事兵器、医学、天文学そして幾何学などあらゆる分野に通じていました。彼について語れば何時間でも足りないそんな人物です。あのモナリザも彼の作品である事は誰しも知るところ。遠近法あり、光と影あり。彼の活動の出発点になったフィレンツエで14世紀から16世紀にかけ花開いたのがルネッサンスです。ちなみに今、腹腔鏡外科手術の世界で導入されているロボット支援手術の名前がダ・ヴィンチ。草葉の陰でさぞや彼は驚いている事でしょう。

ルネッサンス絵画の宝庫

2017/07/04 フィレンツエ アルノ川沿いに建つウッフィーツィ美術館。そこにはこの地から始まったルネッサンス(復興)絵画が勢ぞろいしています。長い回廊から枝分かれした部屋は長くキリスト教時代に描かれた絵画と自由な作風と遠近法などにみられる技法の発達を比較することができる場所でもあります。数ある画家の中でひときわ異彩を放つのがサンドロ・ボッティチェッリ・・・彼は初期ルネッサンスを代表する画家として有名です。これまでの宗教画から一転、色彩も華やかかつその構図もギリシャ文化を彷彿するような作風。 ‘プリマヴェーラ’や‘ヴィーナスの誕生’は彼の代表作。デュオーモの鐘の音を遠くに聞きながらゆっくりと回廊を歩くとき、外には夕陽に照らされたアルノ川がゆったり流れ・・・最高のひとときです。15世紀に芽生えたルネッサンス芸術。それはかの地にあのメディチ家がいたからこそ花開いたのですね。経済と芸術。いつの世も変わらぬ関係です。

イタリアでは宮殿の中で

2017/06/29 部屋一面につるされている巨大な織物を見る機会がありました。キリスト教色が多い中世絵画ではモザイク画もそうですがこの織物(タペストリー)絵画も代表的なものです。壁一面を覆うかのような巨大なタペストリーに描かれた宗教画そして中世の風景や人々の生活史をみる度に大いに圧倒されたものでした。ヨーロッパのタペストリー文化は11世紀に十字軍が東方の産物として手織り絨毯を持ち帰ったのが始まりとされています。

モザイク画について

2017/06/26 今日から絵画と歴史についてお話ししたいと思います。

絵画の歴史

2017/06/22 朝礼ではスタッフに少しでも興味ある事を持っていただきたいとの一心から、最近は絵画の歴史について、そして画家たちについて私見を交え院長の一言を行ってきました。

病気にも負けず果敢にチャレンジする

2017/06/20 俳優がいます。最近は週刊誌をにぎわせていましたが、、、、彼の名は渡辺謙。白血病と胃癌に罹患しても強い精神力でそれを乗り越え、国際的な役者として活躍。ハリウッドでの舞台‘王様と私’は彼の当たり役となりました。日本人が英語で舞台をこなすということ、この話があった時、かなり躊躇したとある番組で話していましたが持前のチャレンジ精神で見事に周囲の期待以上の役者ぶりを発揮していました。

サンフランシスコ平和条約とバカヤロー解散

2017/06/14 戦後我が国の独立を各国から認めてもらうサンフランシスコ平和条約に時の首相であり首席全権として参加した人物が吉田茂です。戦前は英国大使として活躍。葉巻をくゆらせる姿や服装などその立ち振る舞いは英国紳士、中でも英国の首相チャーチルを意識していました。そんな彼はユーモリストの一面もありましたが激情型の一面もあり、衆議院予算委員会で質問者に対してバカヤローとやってしまったため衆議院が解散されるに至り、バカヤロー解散と名づけられました。口は災いのもとですね。でも純粋で何事にも直球勝負の彼の姿はなぜか憎めないものです。

科学者と反核運動

2017/06/08 これまでの日本人ノーベル賞受賞者数は25名。その内訳をみると物理学賞11名 その次が化学賞7名 医学生理学賞4名 文学賞2名 平和賞1名です。